反応しない練習 第2章 良し悪しを「判断」しない ②

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はい! マナビトです。あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」のかんたん解説。今回は草薙龍瞬著書のベストセラー『反応しない練習』の解説します。仏教? 私には宗教はちょっと・・・という方、いると思います。しかし、ブッダの考え方は私たち日本人の生活習慣に馴染んでいます。例えば、「ありがとう」「おかげ」「安心」など仏教用語ですし、ビジネスではマインドフルネスの源流です。ストレスフルな時代に、ブッダの考え方は悩みが消えていき人生をシンプルに、ロジカルにしてくれます。

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前回のかんたん振り返り

前回は『ムダに判断していませんか』です。恋愛や仕事、生活や将来の生活など必要な判断はあります。「決めること」で未来の見通しをよくすることができます。しかし、執着してしまうと苦しみが生まれます。なぜなら、決めていても現実は常に変わりゆくものだからです。この世は無常(常では無い)だからです。詳しくは過去記事をご参考ください! 今回は、第2章の良し悪しを「判断」しないの『“慢”という心のビョーキに気をつける』です。早速、学んでいきましょう!

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“慢”という心のビョーキ

マナビト
マナビト

“慢”ですか。自慢とか慢心とかですか? どういう意味でしょうか?

龍さん
龍さん

“慢”とは「自分は優れている」「自分はエライ」「自分は正しい」と強すぎる自己肯定のことですよ、マナビトさん。

高慢、傲慢、プライド、優越感といった思い、それが慢です。慢は一時的には気持ちいい感情ですが、結局は慢という姿勢が失敗を招きます。自分も相手も判断しないことが良いのです。

良い判断基準とは?

マナビト
マナビト

判断しないことが良いのですか。でも、判断しなければならない時もありますよね? どうすれば良いのでしょうか?

龍さん
龍さん

良い判断基準というものがありますよ、マナビトさん。

良い判断基準とはズバリ、「真実であり、有益である(役に立つ)こと」です。でも、真実かどうかこれは分からないこともあります。しかし、「有益である(役に立つ)こと」はどんな世界でも大切な判断基準になります。役に立つことか? という判断基準を持っていると、自他ともに「判断自体が気持ちいい」だったり「承認欲を満たすため」だったりする判断を見抜くことができるのです。

「自分は正しい」という判断から離れてみる

自分が考えていることこそ正しい。そう思うことはありませんか? 実は「自分が正しい」と思っていることこそ、「間違った判断」になってしまいます人は一部分の物事しか大抵は見えていません。視点を変えてみると違った物事の側面・考え方が見つかるものです。それなのに、自分は全て理解した気になって「自分は正しい」と思い込んでいるのです。

「どう考えても、自分が正しい!」という思い。「どう考えても・・・」というのは”あなたのアタマの中だけの考え”なので、自分自身の考えしか出てこようが無いのです。つまり、自分は正しいという判断は間違いなのです。

正しい理解とは

マナビト
マナビト

じゃ、正しいとは何? 何なんでしょう・・・

龍さん
龍さん

「正しい理解」は、「正しいと判断しない」理解なのです。逆説的ですが、良し悪しを判断しないことです。それより重要なことは「真実であり、有益(役に立つ)こと」なのです。

良し悪しと正しいということは判断しないこと。自分が正しいと考えた時点で執着してしまい、”慢”という強い自己主張が生まれ失敗を招いてしまうのです。

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まとめ

最後までご覧いただき、誠にありがとうございます! 良し悪しを判断しないことで、ストレスもたまらず、お互いに分かりあい、貢献し合えることができます。”慢”を捨てて、役に立つことに着目して言いましょう!

正しく理解する者は、「自分が正しい」と思うこと(慢)がない。だから、苦しみを生み出す「執着の巣窟」(わだかまり)に引き込まれることはない。

ブッダ

では、また!

詳しく知りたい方は「反応しない練習」をお買い求めください。

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